
このホームページは、昭和33年生まれの我妻冬梧が20歳から50代半ばまで体の痛みや不調、病気で苦しんだこと、それを病院なし、薬なし、サプリなしで案外簡単に克服した方法をベースに生み出した、自力で再び健康を取り戻す『体命健康法』に関する記述です。
病歴と回復
たいていの怪我は時間が経てば自然に治るのに、40代後半で逆流性食道炎を患った際に、医師から『治せないから、上手につきあっていって』といわれ愕然としました。加齢とともに生活習慣病になるとWHOや日本医師会では「病気は治らない、治っても極稀である」と位置付けられています。現代医学にとっては生活習慣病は不得意分野だったわけで、各種のSNSで医師らもそう発信しています。しかし、わたしはこの知識・情報も知りませんでした。
その一方で、わたしたちは怪我や傷を負っても、時間が経過するうちに自ずと治ってしまうという経験をした人は多いと思います。それなのに、なぜ病気・生活習慣病は治らないのでしょうか?ひょっとすると自然治癒力はいつも働いているが、何らかの欠けたものがあって治癒できない、健康を取り戻せない原因があるのではないかと考えました。
この漠然とした自信は、既に40代半ばに糖尿病から1年半かけて自力で食事制限のない生活を取り戻した実績があったからです。当時はインターネット草創期で、ホームページから得られる情報はごく限られていました。その中に、糖質の吸収が制御される薬草があることを見つけ、これに頼りました。
1)何か月も急激なのどの渇きを覚え、水をがぶ飲みしていました。
2)茶碗一杯のご飯を食べると気持ち悪くなり、ふらついたりした。
その結果、親にも家族にもいえずに、一人で病気に苦しみました。食事は家族一緒ですから、特別扱いを求めるわけにいきません。煎じたお茶を飲み、ご飯は半分以下にして、おかずは家族と同じ。1年半は自粛生活でしたが、恐る恐るご飯を以前の量に戻しましたが、何の支障はありませんでした。
その後、肥満が進むと別の病気に苦しみました。
加齢とともに、姿勢は悪くなり、歯茎は落ち、鼻が大きくなるなどしていきます。若い頃と欠けたものを探してみると【筋肉・歩行・姿勢】でした。
1)筋肉は、長年使わずじまいで衰えていた
2)歩行は、社会人になってから禄に歩くこともなく、自動車・電車・自転車を使った
3)姿勢は、猫背だ、背中が丸い、とよく言われた
これを健康との差分として捉え、埋め合わせれば生活習慣をあらためることに繋がり、生活習慣病も治るのではないかと考えました。
その結果、健康を取り戻しました。しかし簡単ではありません。健康を維持することの難しさ、父母や祖父母が病気を発症して、なぜ治らなかったのかが良く分かりました。健康を維持していた時との差分は、ひとことで言えば『圧倒的な活動不足』です。老化メカニズムははっきり分かっていませんが、『筋肉が衰え、その結果毛細血管が減少したり、姿勢の悪化にもつながる』ということが、深く結びついているのではないかと考えています。
姿勢を再び正すのは容易ではありません。わたしが行った運動療法では、腰椎は1か月程、胸椎は2~3か月程で修正できましたが、頸椎は骨も小さく、関わる筋肉も細かいために5年以上もかかります。寝る前に毎日1~2時間以上ストレッチをします。姿勢をある程度正し、年平均の15,000歩、21,000歩以上歩くようになると、難聴は大きく改善し、歯茎も戻りはじめました。脳の中も、これにつれて同様のことが起きているかもしれません。
生活習慣病は自分で改善
「ヘルスリテラシー」を身につけろとよく言われますが、簡単なことではありません。なにしろ医師でさえ自分の病気を治せていません。そのうえ、医療者でもない一般人はそれぞれの仕事を持ち、家庭生活を営むことに時間を取られ、ヘルスリテラシーを高める、磨く時間はとてもありません。そこで、このサイトは healthliteracy でアドレスを確保し、少しでも楽をして健康に近づけるように情報提供したいというのが目的です。
活動不足や体の不調を感じる年齢40代・50代になると、からだが知らず知らず捻じれ、肺の機能は徐々に低下し、並行して体力も衰え、1時間も歩くと疲れてしまうということになりかねません。
一方で、いくつになっても筋肉はいくつになっても再教育できることはよく知られています。つまり、健康は「からだを動かしたもの勝ち」「自分でしかできない」ことではないかというのが体命健康法の背景にあります。
誰でも健康を取り戻す機会を持つには、方法論・手順書が必要です。例えば、一般にウォーキングは1万歩歩くことが推奨されていますが、この基準は不明です。厚生労働省や長寿医学研究所のホームページによれば、12,000歩で肥満に効果があると出ていますが、病気の主なものはこれ以下でも効果が出ていていますが、真に健康を取り戻す一つの基準と考えらることもできます。
わたしが見よう見まねで運動療法で姿勢改善をしながら、ウォーキングの歩数を大幅に増やそうと考えたのは、年平均歩数が15,000歩を超えた時、歯茎に見られたからです。歯医者で治療した神経を抜かれた両奥歯周辺の歯茎は加齢とともに大きく落ちていました。それが何となく盛り上がったことを見逃さなかったからです。発症から現在の状況は、概ね以下のとおり。
1)両手の小指がへバーデン結節で痛みが強い(治せない👉食事改善で赤味・痛み殆どなし)
2)慢性的で強烈な肩こり(2年週2で治療院通うも諦める👉姿勢改善で楽ちんに)
3)年齢より早い難聴(言葉が音にしか聞こえず👉姿勢改善で難聴が大幅に改善)
4)目の奥が痛む眼精疲労と更なる視力低下(20年放置👉自分で改善方法を発見)
5)20歳からの慢性腰痛が悪化(👉35年後に運動療法で痛みが取れた)
6)顎関節症(歯医者で口を開けるのに苦労👉姿勢改善で痛みが取れた)
7)歯の知覚過敏や歯茎の衰え(👉10年の姿勢改善と歩数向上で歯茎が盛り上がってきた)ほか
ウォーキング(歩行)からはじめる
病気が増えたのは、30年以上も運動らしい運動もしないまま、健康意識もなく漫然と過ごしてきた結果です。当初は何も知識がなく、情報も持ちあわせていません。いま思えば、無謀にもただひたすら歩くことからダイエットを試みました。今にして思えばわずかな距離ですが、数キロ歩くのにもすぐに疲れ果て、1㎞が随分遠く感じたものです。
当時は80㎏近い体重で、夏の暑さ、冬の寒さが随分からだに堪えました。心肺機能も酷く落ち込み、毛細血管も酷く縮小していたのではないかと思います。「継続は力なり」1年半かかりましたが、20㎏以上体重が落ち、ウエストも88cmから75㎝以下になり、ほっそりしました。
これだけ体重が落ち、ウエストが小さくなると、スーツをはじめとして着るものは何一つサイズが合わなくなります。同時に気づきを得たのは、中高年世代の男性のウエストサイズは誰しも20歳代と比べてかなり大きくなっていること。中高年以上のシニア向けにつくられている男性衣類は大きすぎて、何一つ買うことができるサイズが売っていないことです。
社会活動の基準は、健康基準に合わない
痩せてわかったのは、健康基準と社会活動の基準は合わないことです。
男性のウエストサイズの最も多いのは82cm、85㎝あたりで、販売対象は下は76㎝以上ですが急激に取扱点数もデザインも少なくなります。特に、シニア向けの洋服はぶかぶかで着ることができません。着用していたスーツは転職までに全て処分し、以降はユニクロなどで73㎝~76㎝サイズを選びます。年齢と柄が合わないため、上着や下着も未だに探すのに苦労します。
メタボ基準が示されていますが、わたしの体験・視点からするとこの基準は必要ないと感じます。
体命健康法、実践して確立を目指す
健康を取り戻す大変さは理解したものの、いまだに医療費削減や消費税上乗せを叫んでいますが、一番問題なのは過剰医療かもしれません。わたしが30代前半で脂質異常で服薬を指示されたのは、衆議院の診療所です。1か月以上服用して、やめてみると元の数値と全く変わらず、結局薬を飲むのを止めました。今あらためて思うのは、若い頃はまず体を動かせば数値は改善します。
体を動かすことで健康もついてくる
上記の病気・不調を克服していくうちに分かったのは、とにかく体は良く動かすことが大切だという、ごく単純なことでした。時間がない、めんどくさい、便利なものを使用しようなどということが重なり、結局体を動かす機会を失っているのが現代社会です。「江戸時代や昭和の初期まで生活習慣病は、一般的ではなかった」ということを考え、毛細血管を意識して体を動かす方法を復活させただけで不調から遠のき、病気もいつの間にやら忘れてしまいました。
健康維持は楽ちん、健康情報の選別と実践の習慣化が分かれ道
60代手前で一旦健康を取り戻してからは、維持することはあまり苦にならなくなりました。どうして健康を失ったのかが分からない時は、健康を取り戻すまではすごく大変でした。しかし、道筋が分かれば、ウォーキング、ストレッチなどの時間の確保と実践あるのみです。
ここでハードルとなるのが健康情報です。情報化が進んで、情報過多と選別の基礎知識が求められるようになり、受取り手がどの情報を選別するかが難しいのが現実のようです。中でも方法として正しくても、頻度や回数、実践方法などが良い結果に結びつくために必要十分かが問われます。たいてい良さそうなことはたくさん情報として拡散されています。十分な量に達するのは、案外一般常識より多いのかもしれません。
独自の健康理論で実践・習慣化のハードルを下げる
そこで思い立ったのが、独自の健康理論の構築です。実践事例を示し、生活の中に習慣化してしまうことがハードルを下げることに繋がります。体命健康法が、その健康情報の集約の場となるよう、また適切な健康情報の発信基地になるように努めたいと思います。
(了)